ZOZOマリンスタジアムの移転に関する話題が出てくるたびに、少し複雑な思いが胸に浮かぶ。
スタジアムは年月が経てば老朽化し、都市開発の流れの中で「移転」や「建て替え」が検討されるのは当然のことだ。
多くの都市で同じような議論が行われている。
ただ、ZOZOマリンに関しては、頭では理解できても、どうしても気持ちが追いつかない部分がある。
それは、この球場が自分にとって“ただのスポーツ施設ではない”からだ。
ZOZOマリンで見た景色。
伝説的な試合。
そして、偉大な投手たちが腕を振ったマウンド。
そういったものが心の中に強く残っているからこそ、簡単に「新しくすればいい」と言い切れない。
◆ ZOZOマリンスタジアムという場所の意味
1990年の開場以来、ZOZOマリンスタジアムは千葉ロッテマリーンズの本拠地として親しまれてきた。
海の近くにあり、強い風が試合に影響する“クセのある球場”として、全国でも独特の存在感を放っている。
海浜幕張の風景の中で、あの外観を見慣れている人も多いだろう。
野球ファンだけでなく、音楽イベントや地域の催し物でも使われるなど、千葉のランドマークとして長年機能してきた場所でもある。
この“地域の風景に溶け込んだ球場”というだけでも、簡単には説明しづらい価値がある。
◆ なぜ移転の話が出るのか(一般論として)
球場の移転や建て替えには、一般的にいくつかの事情がある。
- 老朽化した設備の更新
- 交通アクセスの改善
- 収容能力や快適性の向上
- 周辺開発との一体化
- 球団経営の強化
これらは都市計画・スポーツビジネスの世界では当然の流れだ。
ZOZOマリンについても、同じ文脈で語られているのだろう。
だからといって、そこに愛着があるファンが何も感じないわけではない。
◆ 個人的な思い出は軽めに言えば、ただ「特別だった」ということ
ここからは少し個人的な話になるが、ZOZOマリンは自分にとって特別な球場だった。
子どもの頃、亡き父と一緒に観戦に行ったことがある。
試合の内容よりも、球場の雰囲気や、風の強さに驚いた記憶の方が鮮明に残っている。
そして「父と並んで野球を見た時間」の象徴として、今でも自然とこの球場を思い出す。
もちろん、そこまで重い話ではない。
ただ、ZOZOマリンがなくなるとなると、自分の中の“ある種の記憶の置き場所”がひとつ減るような感覚になるのだ。
それだけの話だが、その“わずかな寂しさ”が、移転の話題を聞いたときにふっと浮かんでくる。
◆ 歴史の舞台となったZOZOマリン
ZOZOマリンが特別なのは、個人的な思い出だけではない。
ここは日本プロ野球の歴史にも深く刻まれている。
● 佐々木朗希投手の完全試合
2022年4月10日、佐々木朗希投手が史上最年少で完全試合を達成した。
19奪三振という圧倒的な内容で、日本中が震えた日だ。
この試合は間違いなく後世に語り継がれるもので、ZOZOマリンはその舞台となった。
あの日の球場の空気は特別で、テレビ越しでも伝わるほどだった。
● 亡きレジェンドたちが投げたマウンド
ZOZOマリンは、すでに亡くなられた名投手たちの記憶が残る球場でもある。
- 村田兆治投手
マサカリ投法で多くのファンを魅了し、晩年まで野球界に影響を与え続けたレジェンド。
彼が腕を振ったマウンドが今も残っているという価値は大きい。 - 伊良部秀輝投手
豪速球でNPBを代表する投手となり、メジャーリーグにも挑戦した。
彼の全盛期を支えた本拠地のひとつが、まさにこのZOZOマリンだ。
これらの記憶が積み重なっているからこそ、球場そのものが「歴史の証人」としての役割を持っている。
◆ 球場が“なくなる”というのはどういうことか
球場の移転は、スタジアムとしての機能が進化する、という面では歓迎されるべきかもしれない。
しかし、そこにある記憶の層は、建物とともに生まれたものだ。
球場がなくなるとは、
「記憶を呼び起こす具体的な場所が失われる」
ということでもある。
言葉にすればそれだけのことなのだが、スポーツに限らず、思い出の舞台とつながりが薄くなるのは、多くの人にとって小さくない変化だ。
◆ 移転議論をどう捉えるか
移転に賛成する人の気持ちも分かる。
- 新しい球場なら観戦環境が良くなる
- 周辺開発と合わせて街が発展する
- 球団経営が安定する
- 交通アクセスが向上する可能性
一方で、反対の立場にも理由がある。
- 長年積み上がった歴史が薄れてしまう
- 伝説の舞台が失われる
- 球場の「風」や「空気感」といった個性が消える
- 思い出の場所がなくなる寂しさ
どちらも理解できる。
ただ、自分としてはどうしても後者の気持ちに寄ってしまう。
◆ 未来がどうなっても、ZOZOマリンの価値は消えない
もし移転が決まったとしても、ZOZOマリンが積み上げてきた歴史が消えるわけではない。
完全試合の日の熱気も、村田兆治さんの勇姿も、伊良部投手の豪腕も、そこに確かにあった。
そして、父と並んで野球を見た記憶も、移転によって失われるわけではない。
ただ、あの球場の風景が変わると、自分の中で“記憶の引き出しを開くための鍵”が少し変わるだけだ。
それでも、最後にこう言いたい。
できれば、ZOZOマリンスタジアムを簡単にはなくしてほしくない。
この球場が積み上げてきた時間は、数字では測れない価値を持っている。


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